コラム


普及

本島においては、Tシャツショップが多く(特に国際通り沿い)、実際に着ている方の数も多くなります。ほかにもポロシャツの方もいらっしゃいますし、通勤着としてはかりゆしウェアが推奨されています。

町並み1

地元の人のみならず、観光客の方もTシャツ姿をよく見かけます。その場合、観光客の方はリピーターといった風情が漂います。かといって、特に変わったデザインでもなく、どちらかというと地元のショッピングセンターで売られている、一般的な特徴のデザインが多いことに気づきます。



国際通りで売られているようなデザインは、どちらかというとお土産向けで、実際に着られている方を見たことがありません。あるとすれば、某所で海人デザインのものやグッズなどを身につけられている方を一回だけ見かけたことがあるくらいです。



沖縄は亜熱帯地方に属し、年中温暖で湿度が高く、また紫外線、日差しなどが強く、本来であればTシャツは腕などの露出が高いため日焼けするなど適さないと思うのですが、着やすくまた扱いやすいので、よく着られるのだと思います。また、こちらではめったに海水浴はしないのですが、たまにやるときに水着の上に(水着は着ない場合のほうが多いです)Tシャツや短パンなどを着て、紫外線による日焼けなどを防ぎます。歴史的にはアメリカ合衆国の占領下にあったため、また今でも米軍基地が多数存在するため、日本の中では最も普及する土壌があるのかもしれませんね。


気候との関係

沖縄は亜熱帯地方に入り、またアメリカの占領下に入ったこともありますので、もともとTシャツが普及する素地は十分にありました。

気候1

公式な上着といえば、ハワイではアロハシャツであるように「かりゆしウェア」です。しかしフォーマルではない場では、つまり日常生活の場では圧倒的にTシャツを着ることが多いです。 アンダーウェアとして、例えばポロシャツの下に着ることもありますし、一般的なシャツの下にアンダーウェアとして着ることもありますね。ここら辺は、内地(本土)と差はないのではないでしょうか?



良いところといえば、こちらでカタブイと呼ばれる「局地的なにわか雨」が降ったり、ふつうににわか雨やスコールなどが突然降ったりすることがありますが、止むと日がさしたりしますので、そのままわりとはやく水分が蒸発することが多いです。ただやはり雨に濡れたままそのままでいると風邪などを引きますのでよろしくないですが、ちょっとした通り雨程度でしたならば、スーッと乾いてしまいますね。ほかにもアンダーシャツとして着ていても、汗をかいても吸収が早く、よく汗を吸い取りますので、好まれます。



家に帰ればそのまま洗濯機に放り込んで洗濯すればよいわけですので。内地よりも気候が暑い分、よくつかわれるシーンが多いとも言えますね。入手性も高いですので。


カラフル?

那覇市国際通りを歩いていて感じますのは、ショップで売られているローカルバージョンのデザインは、とてもカラフルでバラエティーに富んでいる印象なのですが、実際に街中を歩いている観光客のみならずウチナーンチュ(沖縄人=地元の人)も、意外とオーソドックスなどちらかというと白か地味な目立たない色合いを着ていることに気づきます。色合い的に多いのは、白、黒、グレー系が多く、それもこちらならではの特色や特徴のあるものではありません。実はこれには事情がありまして、地元の方々は国際通りなどにあるショップでは買わず、地元のイオンやサンエー(ローカールショッピングセンター)で買うのが圧倒的ですので、そこはどうしても内地(本土)におけるデザインと同じものか、似通ってしまうものが多くなります。ただ、米軍基地がある島なので、いわゆる「ミリタリーショップ」も比較的多く、そこでは米軍使用?のあるいはアメリカナイズされたオリジナルデザインも購入することが比較的容易にできます。

アメリカナイズされたショップ

これらのショップは那覇市内にもありますが、やはり多いのは米軍基地の町沖縄市内(こちらでは「コザ」と呼ばれることが多いです)が一番です。



那覇市からは結構距離がありますが、同じ県内か?と錯覚してしまうほどアメリカ感、あるいは無国籍感が漂っていますので、本島中部に行かれるときは、要チェックだと思いますね。


意外と知られていない気候・天気

みなさんは「沖縄」と聞くとどのようなイメージが頭の中に思い浮かびますか?よく聞かれるのがステレオタイプの「青い海・青い空」が広がるイメージです。ところがどっこい、そのような晴天があるのは一年間でも一週間あればよい方ではないでしょうか…。では実際はどんな日が多いかというと、季節にもよるのですが、大体「曇り空をベースにした天候」です。曇り時々晴れまたは日が射すに、しばしばパラパラとしたにわか雨・通り雨や「カタブイ」。「カタブイ」とは、「馬の背を分けるような局所的なにわか雨」のことです。これらに一時的な風が吹く…そんな感じでしょうか。当然海の青い見え方も天候に左右されます。

気候・天気1

いかがでしょうか?こんな感じの天気が多くて、青く澄み渡るような青空の日ってとても少ないのです。特に冬になるとなおさら「曇天」が多くなります。これに梅雨の時期の天気が加わると…。真冬になりますと、最高気温が20度を切りますが、それでも風などが吹くと寒いので、毛皮や厚いコートを着ないと風邪をひいてしまいます。一般家庭ではこたつを出すところもあります。家電製品店ではストーブや電気毛布も売り出されます。インフルエンザも10月頃から流行りだします。 例えば年末年始に本島に行こうとして、内地(本土)の感覚で、長袖シャツ程度で行けるだろうなどと考え、上に羽織る上着類やセーターなどを持ってこずに、那覇空港に着き、いざ空港から外に出ると、ヒューっと冷たい風が吹き「さむっ!!」となること間違いないです。このようにこちらの冬は寒いですし、一般的なイメージとは違うところが様々あります。夏も「またしかり」です。写真のように、冬はこのようなどんよりとした寒そうな暗い天気が多いですね。


歩かない

沖縄の人たちは歩かない人が非常に多いです。また肥満の方が多いのも事実です。喫煙率や飲酒率も高く、食事もどちらかというと偏った感じのものが多いですね。

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昔は「長寿県」という印象が強く、また実際にその通り男女とも長寿で有名で、料理は「命薬」(ぬちぐすい)といって、料理自体が薬とされていたのですが、そういう傾向が崩れてきたのはやはり戦争でアメリカ軍に占領されてアメリカ領になったのが大きいといわれています。終戦と同時にアメリカ兵がたくさん入ってきて、ステーキやハンバーガーをはじめとするファストフードなどの文化が広がったのも多く、こちらの人たちの食事も同時にそれまでの伝統的な沖縄料理からアメリカンフードに代わってゆき、偏った栄養バランスなどで食生活が大きく変わり、と同時に健康も大きく悪くなっていく傾向に代わっていったという事実があります。 肉・油主体の文化に代わっていったということですね。

それまではこちらの肉文化といえば、アグー豚、つまりせいぜい豚肉が主流で、あとは県魚である「グルクン」やマグロをはじめとする魚肉が主流でした。それに「もずく」や「海ぶどう」をはじめとする海藻など、海の幸も多かったのですね。また、伝統的なお酒はほとんど糖質がゼロの泡盛でしたから、肥満とは程遠い食生活だったのです。その泡盛もビールやウイスキーなどの洋酒にとって代わり。

もともとこちらには交通手段が主に車しかなかったからですが、そこに歩かないという生活習慣が加わり…。もろにアメリカの近代的な不健康な食生活の波に飲み込まれていったのですね。


交通手段

ご存知かもしれませんがこちらには鉄道がありません。正確には「鉄軌道」ですが。 と申しますのも、近年「ゆいレール」というモノレールが短距離ではありますが敷設されて、ようやく鉄道に近い交通手段が限定的にではあるができたという感じですね。

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モノレールは鉄の線路上を走るわけではありませんから、厳密には「鉄道」とは呼びませんが、内地(本土)では鉄道と混同されているので、こちらでは内地の電車などの鉄道のことを区別するためにモノレールを除く内地の鉄道を「鉄軌道」と呼ぶことが多いです。しかしモノレールとはいえ、日本一短いうえに、たったの2車両でしか運行されていないので、使い勝手が悪く、目的地に行くには不便この上ないバスか車を利用するしかありませんが、飲酒する機会の多いこちらでは、飲酒運転になりますので車を運転することができず、代行運転が発達しておりこれを利用するか後はタクシーということになります。



帰るころには不便なバスももう終バスが終わっていることは普通ですので。その為、必然的に日常的にタクシーを利用しなくては、こちらでの生活は成り立たないといってもよいほどです。ところが内地のようにタクシー料金が高いとその最後の綱のタクシーも利用できず、こちらの人たちは困ってしまいます。ただでさえ県の最低所得水準は日本中に知られるところです。最低賃金の時給も日本一低いですし、仕事の休みも観光地ということもあるのか不規則であり、いまだに土曜日や祝日は休みではなく、ローテーションで日曜日+平日1日がお休み、原則祝日は出勤のところが多いですね。内地並みの完全週休2日制なんてあるところはごく限られています。おまけに年末年始のお休みはあっても大みそかと三が日のみとか、夏季休暇に至ってはお盆休みすらないところも珍しくはありません。こういう状況下、休みの日に飲んだりするとなおさらタクシーの交通手段としての価値は高くなります。ですので、あえてタクシー運賃は低く抑えられているのです。ほんの1年前までは初乗り運賃がたったの500円だったのです。それが、近年値上げが認められて、今現在は初乗り550円です。あとは1メーターごとに確か70円上がっていきます。それでも1メーター550円ですから、ちょっとした2,300メートルの短距離でも「面倒だからタクシーに乗っていこう」となるわけです。値上げ前ならば「ワンコイン500円でタクシー」となるわけです。これはあくまでもワンメーターで済む距離ですが。それもただでさえ酔っているのですからね。おそらくタクシー料金は日本一安いと思いますね。ですので、車社会のこちらではなおさら運賃の安いタクシーに依存する社会となっているのですね。なお、モノレールである「ゆいレール」の名称は、こちらの相互扶助精神のことを「結マール(ゆいまーる)」と呼びますので、そこから考案されて名付けられたのだと思います。


お墓は生きている人間の家よりも大きい!?

内地(本土)のお墓は皆さんご存知のように非常に細長くてコンパクトですが、こちらのお墓はとにかく大きいのです。特に古いお墓ほど大きいです。なぜなら最近のお墓は現代化に伴い、どうしてもコンパクトになっているものですから、古いお墓の方が伝統的なお墓らしいのです。それは特に土地のある離島や田舎の方ほど顕著で、その大きさは生きている人間のちょっとした家ほどもあります。その理由はこちらが祖先崇拝であることも関係しています。祖先を敬う心や気持ちがとても強いのですね。こちらはもともと火葬でも土葬でもありません。聞いたお話ですが、ご遺体をしばらく置いておき、そののち骨を海藻で磨いたそうです。なぜならにおいを消すからです。これらはもちろん昔の話であり、今は火葬が主となっています。それでもお墓の形は基本的に変わりません。小さくはなっても、内地の形とは違い、昔ながらです。そのお墓の中に小さな扉があり、そこからお骨を納めます。そして時々、お骨を取り出して掃除をしたり手入れをしたりするそうです。その時に言い伝えられていることは、お骨をお墓から取り出したり収めたりする際には、背中を絶対にお墓に向けてはならないということだそうです。それはどういう意味かといいますと、お骨を取り出すとき、収めた時に作業が終わりますと、お墓から人間が出てこなくてはなりませんが、その時にお墓の内部に背中を向けてお墓から出てくると、中に引き込まれるというのだそうです。だからお墓の中から出てくる際には、お墓の内部を見た状態で、後ずさりして出てこなくてはならないそうです。要するに、昔のお墓はそれだけの空間があるほど(人間が中に出入りできるほど)大きかったという証でもあるのでしょうね。もちろんこのような話は科学的ではない言い伝えではありますが、それだけこちらのご先祖様に対する信仰崇拝が強いのですね。やはり近年ではそういう想いはあっても、徐々に薄くなってはおりますが、沖縄にはお盆(旧暦ですので旧盆)をはじめとする祖先崇拝の儀式がたくさんありますね。

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那覇市安里 崇元寺跡

那覇市安里 崇元寺跡1

昔、崇元寺というお寺があった場所です。今は石門だけしか残っていませんが、第二次世界大戦でお寺が焼け落ち、石門だけ残ったものです。首里王朝時代、首里城へ赴く前に崇元寺に皆が立ち寄ったものだと聞いています。 今は写真のように石門から中に入っても、建物はあと影もなく、大きなガジュマルの木がそびえたっているのが印象的でした。

ちなみに今は、中は公園になっています。

ちょっと怖い話ですが、ここは一部ではミステリースポットとされていて、真夜中になると石門の内側、つまり今は公園になっているお寺の後から犬の鳴き声や人の声が聞こえるといわれているようですが、もちろんそんなことはありませんですし、知っている人の方が少ないと思います。実際に中を散策していてもとても明るく、そんな場所のようには全く思いませんでしたよ。意外と観光スポットにはなっていないようでして、観光客の姿はなく、近所の方がごく日常的に散策に訪れているような場所ですが、その昔の首里王朝時代、王族や貴族の人たちが、この場所を訪れていたのだというようなロマンに思いをはせてみてはいかがでしょうか?ちなみにこの崇元寺はこちらでは有名でして、崇元寺跡がある通りは今では「崇元寺通り」としてこちらの人たちにとってはなじみのある通りとなっています。